余白会について
西洋文化の中で始まったオタワ墨画(絵)教室
1968年、カナダの東部、オタワ市(カナダの首都)のアートスクールの墨画(絵)教室には、初めから異文化の人がほとんど中心で日本語や中国語を母国語としない人たちでした。もちろん日本語に漢字とかながあることは知りません。また、漢字が昔中国から日本に伝えられたこと、そして、ひらかなが漢字からできたことも知りませんでした。
自己流で考えてみる
あの頃は、墨画を学ぶ時、日本では写しから始めました。これには賛成できませんでしたが、他に自信のある方法もありませんでした。墨と筆で画もかけるので、まずゆっくり墨をすり、筆をととのえてから始めたのです。画材になるものは何でも持参し、自分流に画いてみせました。各自の受け入れ方は全く異なるのですが、彼らも自分流に画きました。
筆でアルファベットの考察
熱心に続ける生徒との違い、それは、子供の頃に彼らは筆で文字を書く経験がなかったことです。その後、考案したこのアルファベットは、彼らに書と画の関連を理解しやすいものにしたうえ、彼らの作品には身の回りの自然植物、風景、動物、人物などの創作がふえました。着々と上達する生徒の作品は、日本で見てもらうのに値すると判断しました。
墨画(絵)芸術逆輸入の試み
1984年、在日カナダ大使館後援を得て、日本に住む友人知人の協力で「カナダ人の墨画(絵)展」が実現しました。その後、さらに江東区文化センターの協力が実り、「西洋人の墨画(絵)展」が可能になり、広く一般への宣伝大きく効果的な展示会をもつことができました。沢山よせて頂いた一般の方々の感想(コメント)に勇気づけられて、自分の経験をまとめようと決心したのです。
3Bを編み出した書画教室
5年、10年、15年、20年...と熱心に続ける生徒、しかしオタワのアートスクールには、クレジットになったという証明のものはありませんでした。好きになったものを通して絶えず学ぼうとする姿勢、しかも各自が目的としている自身のための挑戦心を忘れない人が多く、それに刺激されながら、墨画(絵)から書へと再認識し、それが伝統の再発見となりました。
そして、教える側、教えられる側との問答から3Bという方法が編み出され、現在は「The Breathing Brush」と呼んでいます。
世界に広がる3B書画の輪
3Bが目的とするものを理解した生徒は(左利きの人でも)、すでにオタワ近郊はもちろんトロント、バンクーバー、ビクトリア、サン・ラファエル、ヴァージニア、コネクティカット、南米ウルグアイなどのコミュニティでのイベント、学校などでもワークショップをしています。教えながら自らも学ぶという姿勢で技法を紹介できるのが特徴です。たとえ上手に画けなくても、絵が下手でも。
オタワの地理的・文化的背景
オタワはカナダの東部、大西洋を越えると西洋文化のヨーロッパ諸国にも近く、一方オタワから西にバンクーバーまでは遠く、青森‐南九州間の約5倍の距離があり、太平洋を越えると日本、中国へいたります。
40年前のオタワはすでに国際都市といえるほどヨーロッパからの異文化の人が働いていました。墨画(絵)のクラスに来る人の中には、東洋文化にも深い知識のある人もいました。オタワという街が文化的にたいへん恵まれた背景を持っていることが幸いしています。
1968年、カナダの東部、オタワ市(カナダの首都)のアートスクールの墨画(絵)教室には、初めから異文化の人がほとんど中心で日本語や中国語を母国語としない人たちでした。もちろん日本語に漢字とかながあることは知りません。また、漢字が昔中国から日本に伝えられたこと、そして、ひらかなが漢字からできたことも知りませんでした。
自己流で考えてみる
あの頃は、墨画を学ぶ時、日本では写しから始めました。これには賛成できませんでしたが、他に自信のある方法もありませんでした。墨と筆で画もかけるので、まずゆっくり墨をすり、筆をととのえてから始めたのです。画材になるものは何でも持参し、自分流に画いてみせました。各自の受け入れ方は全く異なるのですが、彼らも自分流に画きました。
筆でアルファベットの考察
熱心に続ける生徒との違い、それは、子供の頃に彼らは筆で文字を書く経験がなかったことです。その後、考案したこのアルファベットは、彼らに書と画の関連を理解しやすいものにしたうえ、彼らの作品には身の回りの自然植物、風景、動物、人物などの創作がふえました。着々と上達する生徒の作品は、日本で見てもらうのに値すると判断しました。
墨画(絵)芸術逆輸入の試み
1984年、在日カナダ大使館後援を得て、日本に住む友人知人の協力で「カナダ人の墨画(絵)展」が実現しました。その後、さらに江東区文化センターの協力が実り、「西洋人の墨画(絵)展」が可能になり、広く一般への宣伝大きく効果的な展示会をもつことができました。沢山よせて頂いた一般の方々の感想(コメント)に勇気づけられて、自分の経験をまとめようと決心したのです。
3Bを編み出した書画教室
5年、10年、15年、20年...と熱心に続ける生徒、しかしオタワのアートスクールには、クレジットになったという証明のものはありませんでした。好きになったものを通して絶えず学ぼうとする姿勢、しかも各自が目的としている自身のための挑戦心を忘れない人が多く、それに刺激されながら、墨画(絵)から書へと再認識し、それが伝統の再発見となりました。
そして、教える側、教えられる側との問答から3Bという方法が編み出され、現在は「The Breathing Brush」と呼んでいます。
世界に広がる3B書画の輪
3Bが目的とするものを理解した生徒は(左利きの人でも)、すでにオタワ近郊はもちろんトロント、バンクーバー、ビクトリア、サン・ラファエル、ヴァージニア、コネクティカット、南米ウルグアイなどのコミュニティでのイベント、学校などでもワークショップをしています。教えながら自らも学ぶという姿勢で技法を紹介できるのが特徴です。たとえ上手に画けなくても、絵が下手でも。
オタワの地理的・文化的背景
オタワはカナダの東部、大西洋を越えると西洋文化のヨーロッパ諸国にも近く、一方オタワから西にバンクーバーまでは遠く、青森‐南九州間の約5倍の距離があり、太平洋を越えると日本、中国へいたります。
40年前のオタワはすでに国際都市といえるほどヨーロッパからの異文化の人が働いていました。墨画(絵)のクラスに来る人の中には、東洋文化にも深い知識のある人もいました。オタワという街が文化的にたいへん恵まれた背景を持っていることが幸いしています。


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